売れ筋CDj-pop屋

研ぎ澄まされた刃物のような響き
エヴァンゲリストのボストリッジは、クールで引き締まった声質に神経質な響きを感じ取る人もいるかもしれない。しかし、言葉と旋律のバランスの取れた歌唱は特筆に価するのではないか。イエス役のゼーリヒは声質に威厳があり過ぎて、こわもてな雰囲気が好みを分けそうだ。ソプラノのルーベンスは非常に透明感のある美声で清潔感のある歌唱を聴かせてくれる。アルトのショルの見事な歌唱には文句の付け所は見当たらないが、他のソリストに較べて感情表現が濃厚か。テノールのギーラは節度ある情熱的な響きが好印象。バスのヘンシェルは甘さも備えた声だが、高音部の鋭い響きにやや押し付けがましさを感じる。しかし、ソリストにはむらが無く総じて高い水準にある。ここまできちんとソリストを揃えた録音は、最近の古楽器による録音の中で他には見当たらない。
コレギウムヴォカーレによる合唱は、見事に洗練された硬質な響きで、研ぎ澄まされた刃物のような鋭さを持っている。そして、まるで万華鏡を覗いているように色彩豊かな。人肌の温もりと柔らかさも感じられたヘレヴェッヘの旧盤の響きとは対極にあるといえるのではないか。
大人向けのマタイ
ヘレヴェッヘによるマタイ受難曲〜１９９８年録音の「新盤」です。８０年代に録音された「旧盤」も高い評価を受けましたが、こちらの「新盤」も期待を裏切らない、すばらしい出来栄えです。

器楽、合唱、ソロ歌手・・・どれも欠点らしい欠点は見当たりません。福音史家（テノール）のボストリッジ、イエス（バス）のゼーリッヒらも歌詞を聴き手の心に刻み込むような的確で味わい深い歌唱を披露してくれています。

全体的に滑らかで流れるような美しさがあり（「官能的」と評する人もいます）、「涙」を強要するような押しつけがましさもなく、静かな味わいの中で次第に心に感動がしみ込んでくるような演奏です。人生の酸いも甘いも噛み分けた方にふさわしい、「大人向けのマタイ」と言えるでしょう。